利賀村を歩く 演劇とそばが織りなす“山の隠れ里”の深層文化と自然

南砺市の歩き方

富山県南砺市利賀村。この名前を聞いてすぐに場所を特定できる人は、そう多くないかもしれません。しかし、この場所は日本の、そして世界の文化史において、極めて特異な位置を占める「山の隠れ里」です。豪雪と過疎という厳しい現実の中で、世界的な演劇文化と、先祖から受けがれた在来のそば文化が奇跡的な共存を果たしているのです。

富山県南砺市利賀村とは?

2025年10月撮影。利賀村の道の駅内で貼ってあった利賀村のポスター

 

 

 

 

富山市や金沢といった都市圏から車を走らせ、世界遺産・五箇山の合掌造りよりさらに山奥へと分け入った先に利賀村はあります。ここは、単なる「富山県の秘境」ではありません。近代化の波から一線を画したことで、独自の時間が流れ、現代の物質文明が失いかけた「豊かさの本質」を問いかける場所となっているのです。
五箇山が「合掌造りの世界遺産」として構造美を、井波が「木彫刻の町」として工芸の極致を誇るのに対し、利賀村は「文化創造の実験場」として、都市の喧騒を離れた場所で、芸術と日常、自然と人間が織りなす、生きた文化のドラマを繰り広げています。この記事では、観光パンフレットには載らない、利賀村の深い歴史、地理、そして文化の層を辿ります。

南砺市の最奥にある演劇の世界

2025年10月撮影。富山県利賀芸術公園の案内看板。とが国際キャンプ場の並びにある。毎年8月は賑わうらしいが、シーズンを過ぎた10月は静寂に満ちていた。
利賀村は、富山県南砺市の南部、岐阜県との県境に近い、標高300メートルから1,500メートル級の山々に深く抱かれた地域です。かつては独立した村でしたが、平成の大合併により南砺市の一部となりました。

 地理的孤立と村の営み

人口はおよそ500人。この小さな共同体は、冬には数メ-トルにも達する雪に閉ざされる特別豪雪地帯です。生活は長らく、急峻な山で育む林業と、谷あいの小さな棚田を利用した農業が中心でした。

地図を開くと、村全体が北アルプスの西側に位置し、幾重にも重なる山並みの中に隠されているように見えます。この地理的な厳しさが、利賀を単なる集落で終わらせず、独自の文化圏へと昇華させました。外部との交流が限られたからこそ、後述する在来そばや独自の民俗儀礼が、現代まで息づいているのです。

 演劇とそばが織りなす二重の文化軸

この山奥の村が世界的な注目を集めるのは、二つの特異な文化が存在するからです。

1  演劇の聖地SCOT(スコット)
世界的演出家・鈴木忠志が、廃校になった小学校などを拠点に創り上げた国際的な舞台芸術の拠点。都市から隔絶されたこの地で、観客は自然の一部となった劇場空間で、人間存在の根源を問う演劇と向き合います。この演劇の参加者には海外からきている人もいます。

世界的演出家の鈴木忠志氏の別荘だろうか。周りの建物の形式や形とは一線を画していて目を引く建物。

2  幻の在来そば
寒暖差の激しい気候と清流に育まれた在来種のそばは、かつて村人の命と信仰を支えた「祈りの食」であり、現在では国際交流の媒体ともなっています。
利賀村を理解することは、日本の里山文化の強靭さと、芸術が持つ生命力を理解することに繋がっていくと思います。

2025年10月25日m利賀そばフェスティバルで立ち並んで買った蕎麦。地元の利賀村と福井と神戸から参加した蕎麦屋さんや同好会に長蛇の列ができた。

地理と村の分断史──谷に隔てられた「利賀七谷」の文化圏

利賀村の文化が独特なのは、その地理的構造に深く根ざしています。村は、南北に細長く、庄川水系の支流である百瀬川とその支流が刻んだ複雑な谷地形で成り立っています。

 「七谷」が育んだローカル・アイデンティティ

利賀村はかつて、利賀谷、坂上谷、大牧谷など、いくつもの谷筋に小さな集落が点在していました。これらはしばしば「利賀七谷」と言われていたようで、各集落は山で隔てられ、冬には深い雪により完全に孤立することも珍しくありませんでした。

この「地理的な分断」こそが、利賀の文化を多様にした要因です。

方言の差異
集落ごとに、わずかながらも異なる発音や言葉遣いが残存しました。

民俗儀礼の多様性
信仰や年中行事の形態が、谷を越えて伝播しづらかったため、集落ごとの独自性が保たれました。

食習慣とそば
そばの栽培方法や食べ方(そばがき、そば餅など)も、谷ごとに微妙に異なる形で継承されました。

 トンネル開通前の隔絶された生活

交通の便が整備される以前、特に1970年代に「新楢尾トンネル」が開通するまでの生活は、想像を絶するものがありました。集落間の移動は、険しい山道を徒歩や牛馬で越えるしかなく、冬は雪に閉ざされ、物資の運搬や急病人の搬送は命がけでした。今でも、利賀村に入るまでには、自動車で狭くて曲がりくねった道なりを片側一車線で通ることになります。

トンネルの開通は、利賀村の近代化と生活の利便性を飛躍的に向上させましたが、それ以前の「閉ざされた時間」が、利賀の文化の核を強固に形作っていたと言えます。村の伝統や知恵は、この厳しくも閉鎖的な環境下で、密度高く凝縮されてきたのです。

そば文化のルーツ──「ごんべ」と在来種の精神性

利賀村のそばは、単なる特産品ではなく、村人の精神生活と信仰の象徴です。その深い背景を知ることで、「利賀そば」の真価がわかります。

 「ごんべ」そばを囲む宗教的儀礼

利賀では古くから、「ごんべ」と呼ばれる風習がありました。これは、新そばの収穫を祝う収穫祭や、冠婚葬祭などの人生の節目に、村人が集まってそばを打って食べる盛大な宴です。

「ごんべ」は、単なる会食ではありませんでした。そこには、一年間の収穫と命を支えてくれた祖霊や自然の神々への感謝を込めた、宗教的儀礼としての側面が色濃く残っています。

> 「弘法大師(空海)がこの地を訪れた際に、飢えに苦しむ村人にそばの栽培法を伝えた」

という伝説が残されていることからも、利賀のそばは単なる作物ではなく、「神仏の恵み」として捉えられてきたことがわかります。そばの実は、厳しい自然の中で生きる村人の命綱であり、それを皆で分かち合う「ごんべ」の場は、共同体の絆を再確認する聖なる食卓だったのです。

 在来種「幻のそば」の科学的価値

利賀で栽培されるそばは、長年の風土に適応してきた在来種です。これは、特定の環境下で自然交配を繰り返してきたため、全国に流通する品種とは一線を画す特性を持っています。

香り
寒暖差の大きな気候と、百瀬川の清流がもたらす清冽な水が育てるそばは、粒が締まり、非常に強い香りと独特の風味を持つのが特徴です。

希少性
かつては、その希少性と、主に自家消費されていたことから「幻のそば」と呼ばれました。

現代では、この在来種のそばをブランド化し、「利賀そば祭り」やそば打ち体験が観光資源となっていますが、その根底には、厳しい環境下で命を繋いできた先人の知恵と、信仰に裏打ちされた食文化があることを忘れてはなりません。

演劇の聖地──鈴木忠志とSCOTの空間哲学

利賀村の文化的景観を一変させたのは、世界的な演出家、鈴木忠志(すずき ただし)とその劇団SCOT(Suzuki Company of Toga)の活動です。彼らの挑戦は、演劇を都市から切り離し、自然と隔絶という条件下で、演劇の根源的な力を再構築する試みでした。

2025年10月撮影。利賀村野外劇場。湖水の上にステージが張り出したユニークな構造で、自然の地形と水面を活かした迫力のある演出が可能になっている。

 廃校を劇場へ:SCOTと空間の再生

1970年代後半、鈴木忠志氏は、都市の商業主義的な演劇環境に疑問を抱き、あえて限界集落の廃校を拠点に選びました。

利賀小学校、中学校などの跡地活用
最初に拠点となったのは、廃校となった利賀小学校や中学校。その体育館や校舎が、独特の音響と空間を持つ劇場や稽古場に生まれ変わりました。

建築家との協働: 建築家・大野三良氏らが改修に関わり、都市の劇場にはない、「自然と一体化した異空間」が誕生しました。特に、利賀山房や野外劇場は、その哲学を体現しています。

観客は、日常を離れて山奥に分け入ることで、すでに「旅」という名の儀式に入ります。劇場空間に入ると、星空や虫の音、川のせせらぎが演出の一部となり、観客の感性は極限まで研ぎ澄まされます。これは、鈴木氏が提唱する「場所の力」を最大限に活用した演劇体験です。

 SCOTサマー・シーズンと「任意支援方式」の挑戦

毎夏開催される「SCOTサマシズン(利賀フェスティバル)」は、国内外から演劇関係者や観客が集まる国際的な文化イベントです。

特に注目すべきは、観劇料の支払いシステムです。

任意支援方式(カンパ制に近い形式): 観客は、事前に料金を決められた通りに支払うのではなく、観劇後の感動や芸術への評価に応じて、自らが金額を決めて支払うという方式が取り入れられてきました。

これは、文化活動を単なる商品として消費するのではなく、観客一人ひとりが文化の担い手・支援者となる主体性を促し、芸術の持続可能性と価値を問い直す、世界でも類を見ない挑戦的な試みです。

 演劇人・村人の共生モデル

SCOTの活動は、演劇を上演するだけでなく、村の生活と一体化している点に最大の独自性があります。

演劇人は村に長期滞在し、稽古の傍らで農作業や地域の行事、雪かきなどの地域の仕事を手伝います。村人も演劇に裏方として関わったり、世界的な俳優と交流したりすることで、村全体が「文化創造の場」となっています。

この「芸術と日常の融合」は、都市の劇場では決して実現できない、利賀村ならではのサステナブルな文化モデルを提示しています。

自然景観と信仰──雪と森が育む利賀の精神性

利賀村の文化は、その厳しくも豊かな自然環境と、それに根差した信仰によって深く支えられています。

 ブナ林と百瀬川が育む命の循環

2025年10月そば祭り時撮影。キャンプ場がそば祭りの会場なのだが、その場所に行きつくまで流れている百瀬川を渡る必要がある。この川が一級河川の庄川と合流する。

利賀の自然は、文化の「土壌」そのものです。
百瀬川(ももせがわ)
庄川の支流である百瀬川の渓谷は、清冽な水を村にもたらし、そば栽培や生活用水を支えてきました。この水が、利賀そば特有の風味を生み出す源泉となっています。

ブナ林
周辺の山々は、ブナ林を主体とする広葉樹林に覆われています。ブナは「水源涵養林」として極めて重要で、豊かな土壌を作り、そばや山菜、きのこなどの山の恵みを育みます。

 豪雪が生んだ生活の知恵

利賀の生活文化は、豪雪という極限的な環境への適応から生まれた生活の知恵でした。

雪室(ゆきむろ)
大量の雪を利用し、自然の冷蔵庫として食料を保存する知恵は、この地の冬の食卓を支えてきました。

雪下野菜
雪に埋もれることで甘みが増す「雪下野菜」の栽培は、冬場の重要な食料確保の方法でした。

独自の民具
豪雪に対応するための独特な形状の家屋や、雪上移動のためのカンジキ(雪踏み)やソリなどの民具が発達しました。

 立山信仰と利賀村の大山信仰

村人の心の拠り所となってきたのは、大山神社を中心とする信仰です。この信仰は、富山県全域に広がる立山信仰と深く関わっています。

立山は、死後の世界と現世を結ぶ霊山とされ、村人は厳しい自然の中で生きる中で、自然そのものを神聖視し、立山の神々に安寧と豊穣を祈ってきました。この信仰は、先に述べた「ごんべ」の儀礼や、自然を畏れ敬う精神性として、利賀のそば文化や、SCOTの演劇空間の根底にも流れています。

利賀の建築とデザイン──伝統と前衛の共存

利賀村の景観は、日本の典型的な山村とは一線を画す、「伝統的な木造建築」と「前衛的な劇場建築」が共存する特異なものです。

 合掌造りにも通じる伝統家屋

利賀の伝統的な家屋は、豪雪に耐えるための工夫が凝らされています。太い梁と柱で構成され、板葺き石置き屋根や茅葺き屋根など、豪雪に耐えるための工夫が凝らされた家屋は、同じ南砺市内の五箇山合掌造りの様式にも通じる、日本の山地における雪国建築の知恵を体現しています。

これらの家屋は、代々受け継がれてきた生活様式と、家族の歴史を刻む、静かで力強いデザインを持っています。

 SCOTの劇場建築:環境との対話

SCOTの劇場群、特に建築家・磯崎新氏らが関わった施設は、既存の廃校を最大限に活かしつつ、周囲の自然景観と呼応するように設計されています。

利賀山房: 日本の伝統的な木造建築の美学と、舞台芸術の機能性を融合させた空間。

野外劇場: 人工の構造物を最小限に抑え、山間の谷そのものを客席と舞台に変えることで、「自然を借りた劇場」という概念を実現しました。

これらの建築物は、都市の喧騒を離れた利賀で、「演劇とは何か」「公共の空間とは何か」を問い直す、芸術的な装置としての役割も果たしています。伝統と前衛が混在するこの独自の景観こそが、利賀村の魅力の一つです。

国際交流──「そば外交」と文化の架け橋

利賀村は、その小さな地理的規模にもかかわらず、国際的な文化交流の拠点としての顔を持っています。

 ネパール・ツクチェ村との「そば外交」

利賀のそば文化は、ネパール北西部にあるツクチェ村との長年にわたる交流を通じて、国際的な広がりを見せています。

共通の土壌
ツクチェ村も、ヒマラヤの山岳地帯に位置し、寒冷な気候の中でそばを主食とする文化を持っています。

技術・文化交換
利賀村とツクチェ村は、互いにそばの種子や栽培技術、食文化を交換するプロジェクトを展開しました。

この交流は、食文化が「国境や文化圏を超えた共通言語」となることを証明しています。そばは、利賀村にとって「文化外交の架け橋」となり、演劇だけでなく、食文化までもが国際的なつながりを持つという、稀有な山村モデルを確立しています。

 演劇人ネットワーク

SCOTの活動を通じて、毎年世界各国から演出家、俳優、観客が利賀を訪れます。彼らは長期滞在することで、利賀の自然や文化、村人との交流を深めます。利賀は、単なる上演の場ではなく、世界中の演劇人が集い、演劇の未来を議論する国際的なプラットフォームとなっているのです。

過疎と文化継承の課題、そして未来

利賀村は、世界に誇る文化を持っている一方で、日本の山村が直面する深刻な過疎と高齢化という課題に直面しています。

 担い手不足の現実

そば生産者
厳しい山間地での農作業は重労働であり、高齢化により在来種のそばを継承する生産者が年々減少しています。

SCOTの運営
フェスティバルや劇場の維持管理、演劇人の生活を支える村側の担い手も高齢化しており、文化事業の持続性が懸念されています。

行政や地域団体は、「地域おこし協力隊」の積極的な導入や、移住者の受け入れ促進策を進めています。しかし、利賀村は、「人口減少の中でいかにして高密度な文化を継承・発展させるか」という、日本の山村共通の、最も本質的な課題を象徴する存在となっています。

 文化を「未来への資源」に変える

利賀村の未来は、この地の文化の「質の高さ」をいかに「持続可能なシステム」に変えられるかにかかっています。

文化観光の深化
単なる「秘境」ではなく、「演劇」「そば」「雪国建築」を複合的に体験できるディプ・カルチャ・ツリズムを確立すること。

若手文化人の誘致
SCOTのような国際的な拠点を維持し、次世代の演劇人やそば職人を村に呼び込む仕組みを強化すること。

利賀村の歩みは、日本の山村が単に「地方創生」という経済的な視点だけでなく、「文化の力で未来を切り拓く」という、精神的・芸術的な価値を持つ可能性を示し続けているのです。

南砺市を訪れる際には、ぜひ五箇山や井波といった既知の文化圏に加え、この「演劇とそばの里」利賀村まで足を延ばし、日本の奥山で今もなお生まれ続けている“生きた文化の息吹”を感じてみてください。

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